断るならハッキリと断ってほしい話

コミュニケーション体験談
コミュニケーション体験談

最近は映像制作の仕事をすることもある。有料の映像編集ソフトや4Kも撮れるミラーレス一眼カメラを購入し、プロ顔負けとは言わないまでも、恥ずかしくない環境も揃えた。ヒマがあれば、YouTubeでカメラや動画撮影のノウハウを公開しているユーチューバーの動画を見て勉強もしている。いろいろYouTubeを見ていると、外国の方がアップしている動画がカッコイイことがわかった。カッコイイ動画の撮り方を解説してくれているのだが、英語で話しているので、学生時代に英語教材ニューホライズンに苦しめられた私には理解するのがかなり難しい。カッコイイ映像を作りたいので、頑張ってリスニングするのだけれど、撮影の専門用語も入ってきて、わからない単語のオンパレード。頭が痛くなって寝込んでしまうこともしばしば。英語ができない日本人は何かと損していると思わずにはいられない。

とはいえ、映像制作は楽しんでできる仕事だ。撮影しているときも編集しているときも時間を忘れて作業してしまう。こんな仕事はどんどん増やしていきたい。映像制作を生業にしているユーチューバーによると、ポートフォリオを作成する良いとのこと。ポートフォリオを見せて「こういう映像をつくれますけど、どうですか?」と営業ツールが必要なのだ。

そこで高校生からの友人に協力を求めた。彼は現在会計事務所を開設して税理士をしている。学生時代からバンドを組んでいて、パートはギター兼ボーカル。今でもたまに音楽活動をしているらしい。そんなギターマンに電話で連絡した。昔話を一通りした後に「会計事務所のPR動画をつくる気はない?」と切り出した。

「PR動画?あー、確かに動画があるといいかもねぇ」

感触は悪くない。

「4kの高画質で撮れるカメラもあるし、プロも使っている編集ソフトで編集するからつくらせてよ」とアピール。さらに「PR動画があれば、YouTubeやsnsにも使えるし、新規顧客獲得に効果的だよ」と営業トークを畳みかける。

「いいね!動画作りたいね!」

よし、交渉成立!とガッツポーズをして喜ぼうとした瞬間、ギターマンは続けた。

「でも、うちのホームページをつくってもらっている会社が動画制作もしていて、そこからもPR動画を作らないかって言われているんだよね」

思いもよらず競合の存在が判明した。少しひるんだけど、こちらには強力な武器がある。それを繰り出した。

「お代はかからないよ、無料で制作するよ」声を落として誘うようにささやいた。「無料」という言葉は最強の営業ワードだ。

「撮影するってことは、こちらもいろいろ準備が必要だよね?」最強ワードには気にもかけない様子でギターマンが聞いてきた。

「そうだね。インタビュー形式の動画にするならセリフを考えてもらったり、事務所をキレイに見せるために掃除してもらったりすることになるね」動画制作では欠かせない。

「なら、いくらか貰えない?」

「え?」一瞬聞き取ることができなかった。

「2~3万円でどう?」金をもらって当然であるかのようにギターマンが言った。

ギターマンには「無料」という最強ワードが通用しなかっただけでなく、逆にお金を払う必要があるというのだ。全くの想定外だった。タダでPR動画が手に入るだけでは満足しないということにパニックに陥った。なんてヤツだ。

大きく深呼吸して落ち着けと自分に言い聞かせ「そうだね・・・。食事代をおごるぐらいでどうかな?」と言った。これが精一杯。

やんわり断られたと知った途端ギターマンはブーブーと不平を口にした。

とりあえず、以前仕事で制作した動画実績を見てから判断してもらうこととなった。

電話を切り、グッタリした。まさか金を要求されるとは。映像制作はけっこう手間がかかる。CMなどなら制作費が数百万円になることもある。企業のPR動画ならちゃんと作れば50万円以上もざらだ。むしろこっちが制作費をもらいたいくらいだ!と憤慨した。でも、ポートフォリオ作成のためだ。ギターマンのメールアドレスに動画実績のリンクを貼って送信した。

1週間後、そろそろ動画を見て判断できただろうということで、ギターマンに連絡をとった。

「動画見てみた?」

「うん、見た。すごいじゃない!」ギターマンが答えた。

これはいけそうと思っていたら、ギターマンが続けた。

「ただ、ホームページの会社の方が早く話を持ちかけてきたから、そこにまず依頼しないと」

「なるほど、そうだね」

話を持って来た順に対応するのは至極当然のことだ。

「ホームページの会社がコロナの影響で業務が進んでないようだから、来月とか再来月とかに連絡とってから決まるかな・・・」

「それはいつになりそう?来月かな?」こちらとしてはポートフォリオは早く作りたいので、順番待ちならばいつになるか知りたいところ。

「いや、いつとかじゃなくて。」ギターマンは全然わかってないなというような声色で言った。

「ん?」

「PR動画はすぐ必要なわけではないし、ホームページの会社以外のところに制作してもらうと、その担当者に経緯とか説明しないといけないし・・・」

どうやら順番の問題ではないらしい。その後も遠回しの言い訳が続いた。

「つまり、動画製作しないってこと?」思い切って聞いてみた。

「うん。まぁ、また別件であったら依頼するわ」あからさまな社交辞令を口にした。

「そうね、別件があればね・・・」一生なさそう。

電話を切って、様々な感情が湧き上がってきた。依頼を断られた恥ずかしさ、ポートフォリオをつくれない無念さ、競合に敗れた残念さ。そして何より、断るならハッキリ断ってほしかった。ギターマンは始めから断っているつもりで話をしていたようだが、私には伝わらず、言葉を額面通りに受け取っていた。始めから「NO」とはっきり言ってくれていれば、こんな無駄なやり取りをすることもなかった。空気を読めないヤツって思われることもなかったはず。それもまた恥ずかしい。

日本人は直接的ではなく遠回しな表現を好む。そして断ることが苦手と言われる。あるネットメディアの調査によると、日本人の約4割が断ることを苦手にしている。日本は、常に礼儀を重んじ他人を尊重する文化。常に相手の気持ちを気遣い行動することが美徳とされるからだ。でも、それゆえコミュニケーションにおいて誤解があったり、何を言いたいのかわからないという副産物も生まれている。

「はっきり言わないとわからないんだよ!これだから日本人は!」英語のYouTubeを見過ぎてアメリカナイズされた自分が生粋の日本人だということを棚に上げ、誰もいない部屋でギターマンに悪態ついた。

自分の狼狽ぶりを鎮めるため、緑茶を飲もう。緑茶を一口飲んででいくらか落ち着きを取り戻し、ふと考えた。自分がギターマンの立場だったら、はっきり「NO」と言えただろうか。自信はない。私も日本人だったことをここで思い出した。ただ、遠回しな表現が必ずしも最良の表現ではないことに気づいたのは今後の人生において大きいはずだ。

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